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三遊亭圓楽:悲しみの言葉、相次ぐ

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2009/11/01(日)
三遊亭圓楽 (5代目):元落語家
三遊亭圓楽0

引退をしたとは言え、大御所。6代目への禅譲も決まっていたので、落語會には、激震が走っている。

まずは、三遊亭楽太郎師匠。
三遊亭楽太郎1 ⇒ Ranking

来年に6代目円楽襲名が決まっており、5代目の口上を受けて、襲名したかったはず。
今は話ができない状態として、コメントをFAXで発表した。


 この度の師匠円楽の訃報に昨日(29日)接し、只々悲しい思いをしております。永年の人工透析に加え、何度もの大病のため体が弱っておりました。昨年9月3日の大師匠円生の命日の墓参の後、師匠宅で1時間ほどお話ししたのが最後の面会でした。その後、息子さんと電話で話し、体が弱っていることを聞き、近日中にお訪ねする予定をしておりました。

 昨日より博多に入り、本日より私のプロデュースの博多天神落語まつりが来月1日まであり、その後、広島での落語会がつながり、師匠の急変に間に合わなかったことが弟子として断腸の思いです。六代目の襲名も決定し、来年3月の円楽襲名に師匠である五代目がいないこと、さみしさと重い責任を感じています。

 皆様に生で対応するべき所、地方公演中であり。お客さま、仲間への対応に頑張って仕事をすることを師匠も望んでいると思います。スミマセン!




笑点の司会を受け継いだ、桂歌丸師匠。
桂歌丸1 ⇒ Ranking


長いお付き合いでした。60年近くになりますか。笑点の前身番組「金曜夜席」からになります。協会は違いましたが芸の上、またプライベートでもお互いすごく苦労しました。苦労して苦労してそして助け合って今まできました。

 今、本当の友を友達を亡くして言葉が見つかりません。落語家は死ぬと芸まで持っていってしまいます。まだ圓楽さんから教えてもらいたいことが沢山あったのに。

 本当は今日、お見舞いに行く事にしていたんです。事務所に連絡して、直接お宅にも連絡を取って伝えたのですが、ご家族の方から朝連絡がありまして昨日の朝、亡くなりましたと…。そんなに悪いとは思わなかったし今週の始めまでは元気だったということでした。

 来年楽太郎さんの圓楽襲名が決まっています。ご本人も六代目圓楽の姿を見て貰いたかったと思います。圓楽一門の皆さん方から何かご相談ごとがありましたら、いつでもご連絡下さい。

 圓楽さん、これからも落語界と笑点を見守ってください。ご冥福をお祈り致します。

 (社)落語芸術協会会長

 桂歌丸




笑点を卒業して、闘病生活中の林家こん平師匠。
林家こん平1 ⇒ Ranking


 大変にびっくりしております。私が病に倒れた時も、透析の合間を縫ってお見舞いに来て下さり、「こんちゃん頑張れ!」と励まして下さいました。

 本当に偉大な大尊敬する円楽御師匠に、笑点という番組でご一緒させて頂けたことは、私の財産です。

 倒れてから、私の部屋には、円楽師匠との二人会のポスターをはり、リハビリに励んでおりました。

 ご無沙汰をしており、恐縮しておりましたが、来年の襲名披露でお目にかかれることを楽しみにしておりましたので、大変残念でなりません。

 謹んで心よりご冥福をお祈りいたしております。

 林家こん平




立川談志師匠(73)は
立川談志1

「一緒の時期に入門し、共に若い時代を過ごしました。残念です」
短いコメントだが、思いが詰まっている。


林家木久扇師匠(72)は
林家木久扇1 ⇒ Ranking

「(死去の知らせを)ちょっと前に聞いたばかりで、気持ちの整理がつかないです」と驚いた様子で語った。
 「前座を務めていたときから、もう49年の付き合いになる。切磋琢磨していた若手を、円楽さんがリードしてくれた」。円楽さんは東京・浅草出身で、木久扇は日本橋出身。当時、落語家になりたい人に江戸っ子が少なかったといい、円楽さんは「江戸っ子が入ってくれた」ととてもかわいがってくれたという。

 「10分以上ある前座を、急に2分くらいにしてくれといわれたことがあったんです。何をしていいかわからず、歌を2番まで歌ったら周りにえらく怒られてね。でも、円楽さんだけは『おもしろいねぇ。歌う落語家ってのはいなかったから、いいねぇ』とおもしろがってくれた。その後も、『今日は何歌うの』とよくからかわれたもんです」

差し入れのイチゴに練乳をかけた円楽さんは「戦時中はこれはぜいたくだったんだ」と言って、練乳をすべて飲んでしまったという。
 「一緒にいた(桂)歌丸とあっけにとられたもんです。パーティーのバイキングでは、スモークサーモンばかり食べていた」

 2年前、木久扇は真打昇進にあたり新しい芸名を募集した。その際、「自分のいいと思った名前をつけなさい」と言われ、迷いが消えたという。

 「本当に、不思議で優しい方でした」


橘家円蔵師匠
橘家円蔵1 ⇒ Ranking

 「とにかくまじめで自分に正直な人だった。一門を引っ張る気苦労もあったろうと思う。『疲れたでしょ、ご苦労さん』と声を掛けたい。僕にとって円楽さんは宝。うらやましく、すげえなと思う芸だった。亡くなったら芸は全部、天国へ持っていってしまう。それが悔しい。自分もぜひ生で聞きたいと思う過去の大名人は何人もいる。今度は天国で、好きな名人の落語をゆっくり聞いてほしい」


桂三枝師匠(方落語協会会長)は、
桂三枝1

「師匠の訃報(ふほう)に接して言葉にならないくらいショックです」と肩を落とした。

最後に会ったのは、仕事で対談した昨年12月。当時を振り返り
「(1978年に)円生師匠について落語協会をお辞めになったいきさつなどを、お疲れなのに長時間付き合っていただきました」と感謝。「そのときのツーショットの写真は、今も部屋に飾っております」と故人との思い出を語った。

 自身が開業に尽力した落語の定席・天満天神繁昌亭(大阪市北区)についても
「協会を出られて寄席を持たれた苦労を元にして、繁昌亭運営に、いろいろアドバイスを頂きました」としみじみ。
最後は「師匠は芸名のごとく円(まる)く穏やかでカッコイイ方でした。ご冥福をお祈り申し上げます」と結んだ。


春風亭小朝師匠は、こんなエピソードを語っている。
春風亭小朝1

「円楽師匠の思い出といえば、ご自宅、移動の新幹線、地方の楽屋の三カ所で、信じられないような相談(内容はそれぞれ異なる)を受けました」

セットの裏で隣に座っていた円楽師匠が突然、なんの前ふりもなく、
「小朝君、あたしはねぇ、もう駄目なんだいくらやってもこれ以上うまくならない…」

「あんたは一生困らないだけのものをつくったんだから、そろそろ笑点をやめたら」と言う人が多い、と打ち明けた。
「けどね、もしもあたしが辞めて、それがきっかけで局の意向が変わって笑点がなくなるようなことになったら困るからね
落語界のためにもあの番組はあたしが守らないと」

#巨星、墜つ。

(主にスポニチの記事から)

 5代目三遊亭圓楽 師匠のご冥福をお祈りいたします。→


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