1. 無料アクセス解析
ブログパーツ アクセスランキング

赤塚不二夫 : これで、いいのだ

どんな分野にも、アイドルは居る。 We Love Idol !!
--/--/--(--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2008/08/07(木)
赤塚不二夫 : ギャグ漫画家

1935年、満州国(現・中国)の熱河省に生まれる。
「バカボンのパパ」のモデルであり憲兵であった父親は終戦直前にソビエト軍ににより、抑留。
残された家族は1946年に母の故郷の奈良県大和郡山市に引き揚げる。
1949年、父親が帰国。父の故郷の新潟県に移り中学校を卒業。

1948年、奈良市内の書店で手塚治虫の『ロストワールド』に出会う。
12歳で『ダイヤモンド島』というSF巨編を書き上げ、大阪の三春書房という出版社へ最初の持ち込みを行う。

化学工場に勤務しながら漫画少年へ投稿を続けた。その漫画が石森章太郎の目に留まり、「東日本漫画研究会」が制作する肉筆回覧誌「墨汁一滴」の同人となった。
つげ義春に独立を勧められ貸本漫画家として一本立ちする事を決意。
1956年、曙出版から書き下ろし単行本『嵐をこえて』でデビュー。
“伝説”の豊島区のトキワ荘に移り、第二次新漫画党の結成に参加する。
不二夫は石森のアシスタントの傍ら、数ヶ月に一本程度の少女漫画を描いていた。
横山光輝の出張アシスタントも経験。
1958年、『少女クラブ』増刊号で1作家1作品の原則を守りながら既存の作家で補うために編集者が石ノ森との合作を企画。合作ペンネーム「いずみあすか」[4]名義で作品を発表した。
1958年、、「まんが王」(秋田書店)11月号の穴埋めのために描いたギャグ漫画『ナマちゃん』がヒット。連載化。
1961年、結婚のためにトキワ荘を退去。
赤塚不二夫15
1962年、「週刊少年サンデー」で『おそ松くん』、「りぼん」で『ひみつのアッコちゃん』の連載を開始すると一躍人気作家となる。
1965年、長女のりえ子が誕生。
1966年、『おそ松くん』がスタジオ・ゼロ製作で毎日放送系でテレビアニメ化。
1967年、「週刊少年マガジン」(講談社)にて『天才バカボン』を発表。
1967年、「テレビ番組『まんが海賊クイズ』テレビの司会を担当し、黒柳徹子と共に司会を行った。
1969年、『ひみつのアッコちゃん』『もーれつア太郎』がNETテレビ(現在のテレ朝)系列でテレビアニメ化。
1971年、『天才バカボン』が読売テレビ系列でテレビアニメ化。
1972年、『天才バカボン』で文芸春秋漫画賞を受賞。
1972年、「赤塚不二夫責任編集」と題した雑誌「まんがNo.1」を刊行。1号につき250万円程の赤字を出し、1973年に6号で休刊。
1975年、『元祖天才バカボン』が日本テレビ系列でテレビアニメ化。
赤塚不二夫8
1987年、多忙を極める中アルコール依存症に陥っていた不二夫のサポートをと前妻がすすめたことにより、眞知子と結婚。(ふしぎやな。前妻も、気にはかかってたんだね。)
1988年、『おそ松くん』『ひみつのアッコちゃん』がフジテレビ系列で再びテレビアニメ化
1994年、赤塚のアルコール依存症が回復しないことにより、長年アイデアブレーンとして赤塚を支えてきた長谷がやむなくフジオプロを脱退。

1997年、第26回日本漫画家協会賞文部大臣賞を受賞。
1998年、『ひみつのアッコちゃん』がフジテレビ系で3度目のテレビアニメ化。
1998年、紫綬褒章受章。
1998年、食道がんの手術を受ける。
1999年、『レレレの天才バカボン』がテレビ東京系でテレビアニメ化。
赤塚不二夫10
2002年4月に脳内出血を起こし倒れ、創作活動を休止。
2002年、小学館から『赤塚不二夫漫画大全集 DVD-BOX』(デビューからの作品を集めたDVD全集)が発売された。
2003年、妻の尽力により青梅市に青梅赤塚不二夫会館を設立。
2005年からはオンデマンド出版形式で全271巻が販売されている。(コミックパーク
2006年7月12日には、赤塚を看病してきた妻の眞知子がクモ膜下出血のため56歳で急逝。
赤塚不二夫18
2004年から意識不明のまま植物状態にあったという。
2006年末に眞知子夫人の訃報を取り上げたテレビ朝日の『報道ステーション』で、赤塚が意識不明であると改めて伝えられた。
2008年2月24日にはちばてつやが不二夫を見舞い、似顔絵をブログで公開した。

2008年8月2日午後4時55分、肺炎のため東京都内の順天堂医院で死去した。享年74(満72歳没)。赤塚の訃報はスポーツ新聞各紙が一面で大きく取り上げた他、一般紙も一面で掲載した。また、NHKでもトップニュースで取り上げるなど、手塚治虫、長谷川町子、藤子・F・不二雄、石ノ森章太郎と並んで多くの世代に親しまれた漫画家であることを印象づけた。


2008年8月7日、赤塚が、コメディアンとしての才能を見抜き、地元・福岡から上京させて、自宅マンションに居候までさせた タモリは 「あなたは生活のすべてがギャグでした。死も一つのギャグなのかも知れません。私もあなたの数多くの作品の一つです」との弔辞を述べた。

実はこの弔辞、「勧進帳読み上げ」(白紙を見ながら、堂々と読むこと)だったらしい。

法名は「不二院釋漫雄(ふにいんしゃくまんゆう)」。


これで、いいのだ!(C)バカボンのパパ


 天国でもギャグを続ける、赤塚不二夫 を、応援しよう!→



 元祖天才バカボン スペシャル DVD-BOX I

 元祖天才バカボン スペシャル DVD-BOX II

赤塚不二夫  → 人気ブログランキングへ
赤塚不二夫  →  画像を見るには、“続き”を見てください。

赤塚不二夫  → 人気ブログランキングへ
赤塚不二夫  → オリコソ人気ブログランキングへ
赤塚不二夫  → ブログランキング
赤塚不二夫  →  YouTubeを見るには、“続き”を見てください。

グッズ・ショップは、こちら。
アイドル。旬なショッピングモール。へ
ショッピングモール → 赤塚不二夫 へ

 天国でもギャグを続ける、赤塚不二夫 を、応援しよう!→



*赤塚不二夫  →  YouTube


天才バカボン ED


赤塚不二夫  →  画像


赤塚不二夫1
赤塚不二夫2
赤塚不二夫3
赤塚不二夫4
赤塚不二夫5
赤塚不二夫6
赤塚不二夫7
赤塚不二夫9
赤塚不二夫11
赤塚不二夫12赤塚不二夫13赤塚不二夫14
赤塚不二夫16
赤塚不二夫17

赤塚不二夫19
赤塚不二夫20



人気ブログランキングくつろぐにほんブログ村 芸能ブログへ
スポンサーサイト

タグ : 赤塚不二夫 トキワ荘 天才バカボン おそ松くん もーれつア太郎 ひみつのアッコちゃん

この記事へのコメント
URL:
Comment:
Pass:   
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック

 | Copyright © アイドル。旬なエンタメニュースチェック。 All rights reserved. | 

 / Template by パソコン 初心者ガイド
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。