2008/11/04(火)
小室哲哉:ミュージシャン

小学校時代、日本万国博覧会でシンセサイザー・冨田勲の存在を知り、衝撃を覚える。
中学校時代、断で家にあったギター・ヴァイオリン・エレクトーンを売り当時16万以上もしたというシンセサイザー「ローランドSH1000」を購入。
早実(高校)時代、クラスメイトの半数以上の作曲の宿題を肩代わりさせられた。
早稲田大学に進学。
プロ・ミュージシャンとしての活動も開始。(哀婉・あのねのね、白竜、原田真二等のバックバンド(キーボードを担当)、SPEEDWAYへの参加等)。
音楽活動に没頭していた(講義に出ない・テストを受けない・レポート出さない。)・授業料を楽器代使い込み払わない、使い廻していた為に単位がとれず除籍。
1986年、渡辺美里へ提供した「My Revolution」で日本レコード大賞作曲賞を受賞。
⇒ Ranking
1987年、TM NETWORKとして「Get Wild」が大ヒット。
⇒ Ranking
1988年、第39回NHK紅白歌合戦に出場。
1988年 、キララとウララのキララ(大谷香奈子)と結婚。
バンド活動並行して、楽曲提供。作曲家としても活躍する。
1989年、ソロ作の「RUNNING TO HORIZON」、「GRAVITY OF LOVE」が連続でオリコンシングルチャート1位を記録。
1991年、avex traxとライセンス契約を結ぶ。
1992年、大谷香奈子と離婚。
1992年、trf 結成。
1993年、trf 2ndシングル「EZ DO DANCE」で、日本のダンスシーンに革命を起こす。
⇒ Ranking
1994年、TMN"終了"。
1994年、アニメ映画「ストリートファイターII MOVIE」の音楽監督・主題歌制作を担当。主題歌、篠原涼子 with t. komuroとして「恋しさと せつなさと 心強さと」で初のシングル売上200万枚突破。
⇒ Ranking
1995年、「globe」結成。
1996年、globeのアルバム『globe』で売上400万枚突破。オリコン歴代アルバム記録を更新。
⇒ Ranking
1996年、華原朋美のアルバム『LOVE BRACE』が売上250万枚を突破。オリコン歴代ファーストアルバム初動記録を更新。
⇒ Ranking
1996年、安室奈美恵のアルバム『SWEET 19 BLUES』が売上300万枚を突破。オリコン歴代アルバム初動記録、累計記録(女性部門)を更新。
1999年、1月末、華原朋美と破局。
1999年、TM NETWORKを再結成し「GET WILD DECADE RUN」を発売。
2000年、国際麻薬統制委員会を訪問し、UNODC親善大使を授与される。
2001年5月、吉本興業とマネージメント契約を結ぶ。
2001年5月、Kiss DestinationのASAMI(吉田麻美)と再婚。
2002年3月、吉田麻美と離婚。
2002年11月22日、globeのボーカルKEIKOと再婚。
2003年、伝染病のため、韓国での開催を予定していた黄砂対策チャリティライブが中止。
2003年、globeにYOSHIKI加入後初の東京ドームライブが中止。
2007年、尚美学園大学芸術情報学部音楽表現学科特任教授に就任。
2008年、オリジナルアルバムを、iTunes配信限定で全世界同時リリース。
2008年11月4日、個人投資家に著作権譲渡の話を持ちかけ、5億円を騙し取った詐欺の容疑で、大阪地検特捜部に逮捕された。容疑は、全面的に認めている。
2008年11月4日、尚美学園大学特任教授懲戒解雇処分。
2008年11月4日、avexは、「globe」の新曲(11月26日予定の「Get Wild」、12月17日予定の「Self Countrol」の2曲。)発売中止を決定。また、「globe」の音楽配信は、過去も含めて全曲の配信を停止することを決めた。
⇒ Ranking
KEIKOの実家(地元で有名な料亭で、東京の系列店はミシュラン二つ星。)にまで、借金の督促が来るようになり、離婚のうわさが浮上している。
小室は90年代を振り返り「4日に1曲作っていた」「数々の記録は嬉しくない訳ではないが全く実感がなかった」「自分のお金を自分でどの位使っていたかわからなかった」「完全に裸の王様だった」と称している。
華原朋美のプロデュースを兼ねた交際を「フライデー」1995年6月23日号に掲載された際、小室は同誌の記者を自身のスタジオに招き「アーティストに手をつけたのではなく、自分の恋人に曲を提供し、プロデュースを始めることにしただけです」と語った。そしてすべての活動に至るまで「ツーショットでいく」ことにした結果、華原を大ヒットさせた。
小室哲哉がこれまでにプロデュースしたシングル・アルバムの総売上枚数は、約1億7000万枚に達する。また、日本の作詞家別シングル総売上枚数は阿久悠に次ぎ第2位、作曲家別シングル総売上枚数は筒美京平に次ぎ第2位を誇る。
1996年4月15日付けのオリコンシングルチャートで、小室哲哉が作詞・作曲・プロデュースを行った楽曲が1位から5位を独占した。同一作家、兼、プロデューサーによる上位5曲独占は全世界音楽史上初。
1995年度のJASRAC発表の著作権使用料の分配額ランキング(JASRAC賞)では、小室哲哉が作詞・作曲を行った楽曲が国内作品の1位から3位を独占した。同一作家による上位3曲独占は史上初。
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小学校時代、日本万国博覧会でシンセサイザー・冨田勲の存在を知り、衝撃を覚える。
中学校時代、断で家にあったギター・ヴァイオリン・エレクトーンを売り当時16万以上もしたというシンセサイザー「ローランドSH1000」を購入。
早実(高校)時代、クラスメイトの半数以上の作曲の宿題を肩代わりさせられた。
早稲田大学に進学。
プロ・ミュージシャンとしての活動も開始。(哀婉・あのねのね、白竜、原田真二等のバックバンド(キーボードを担当)、SPEEDWAYへの参加等)。
音楽活動に没頭していた(講義に出ない・テストを受けない・レポート出さない。)・授業料を楽器代使い込み払わない、使い廻していた為に単位がとれず除籍。
1986年、渡辺美里へ提供した「My Revolution」で日本レコード大賞作曲賞を受賞。
1987年、TM NETWORKとして「Get Wild」が大ヒット。
⇒ Ranking1988年、第39回NHK紅白歌合戦に出場。
1988年 、キララとウララのキララ(大谷香奈子)と結婚。
バンド活動並行して、楽曲提供。作曲家としても活躍する。
1989年、ソロ作の「RUNNING TO HORIZON」、「GRAVITY OF LOVE」が連続でオリコンシングルチャート1位を記録。
1991年、avex traxとライセンス契約を結ぶ。
1992年、大谷香奈子と離婚。
1992年、trf 結成。
1993年、trf 2ndシングル「EZ DO DANCE」で、日本のダンスシーンに革命を起こす。
1994年、TMN"終了"。
1994年、アニメ映画「ストリートファイターII MOVIE」の音楽監督・主題歌制作を担当。主題歌、篠原涼子 with t. komuroとして「恋しさと せつなさと 心強さと」で初のシングル売上200万枚突破。
1995年、「globe」結成。
1996年、globeのアルバム『globe』で売上400万枚突破。オリコン歴代アルバム記録を更新。
1996年、華原朋美のアルバム『LOVE BRACE』が売上250万枚を突破。オリコン歴代ファーストアルバム初動記録を更新。
1996年、安室奈美恵のアルバム『SWEET 19 BLUES』が売上300万枚を突破。オリコン歴代アルバム初動記録、累計記録(女性部門)を更新。
1999年、1月末、華原朋美と破局。
1999年、TM NETWORKを再結成し「GET WILD DECADE RUN」を発売。
2000年、国際麻薬統制委員会を訪問し、UNODC親善大使を授与される。
2001年5月、吉本興業とマネージメント契約を結ぶ。
2001年5月、Kiss DestinationのASAMI(吉田麻美)と再婚。
2002年3月、吉田麻美と離婚。
2002年11月22日、globeのボーカルKEIKOと再婚。
2003年、伝染病のため、韓国での開催を予定していた黄砂対策チャリティライブが中止。
2003年、globeにYOSHIKI加入後初の東京ドームライブが中止。
2007年、尚美学園大学芸術情報学部音楽表現学科特任教授に就任。
2008年、オリジナルアルバムを、iTunes配信限定で全世界同時リリース。
2008年11月4日、個人投資家に著作権譲渡の話を持ちかけ、5億円を騙し取った詐欺の容疑で、大阪地検特捜部に逮捕された。容疑は、全面的に認めている。
2008年11月4日、尚美学園大学特任教授懲戒解雇処分。
2008年11月4日、avexは、「globe」の新曲(11月26日予定の「Get Wild」、12月17日予定の「Self Countrol」の2曲。)発売中止を決定。また、「globe」の音楽配信は、過去も含めて全曲の配信を停止することを決めた。
⇒ RankingKEIKOの実家(地元で有名な料亭で、東京の系列店はミシュラン二つ星。)にまで、借金の督促が来るようになり、離婚のうわさが浮上している。
小室は90年代を振り返り「4日に1曲作っていた」「数々の記録は嬉しくない訳ではないが全く実感がなかった」「自分のお金を自分でどの位使っていたかわからなかった」「完全に裸の王様だった」と称している。
華原朋美のプロデュースを兼ねた交際を「フライデー」1995年6月23日号に掲載された際、小室は同誌の記者を自身のスタジオに招き「アーティストに手をつけたのではなく、自分の恋人に曲を提供し、プロデュースを始めることにしただけです」と語った。そしてすべての活動に至るまで「ツーショットでいく」ことにした結果、華原を大ヒットさせた。
小室哲哉がこれまでにプロデュースしたシングル・アルバムの総売上枚数は、約1億7000万枚に達する。また、日本の作詞家別シングル総売上枚数は阿久悠に次ぎ第2位、作曲家別シングル総売上枚数は筒美京平に次ぎ第2位を誇る。
1996年4月15日付けのオリコンシングルチャートで、小室哲哉が作詞・作曲・プロデュースを行った楽曲が1位から5位を独占した。同一作家、兼、プロデューサーによる上位5曲独占は全世界音楽史上初。
1995年度のJASRAC発表の著作権使用料の分配額ランキング(JASRAC賞)では、小室哲哉が作詞・作曲を行った楽曲が国内作品の1位から3位を独占した。同一作家による上位3曲独占は史上初。
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