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仲代達矢:正直に言って、役者の仕事から解放されたい

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2009/06/20(土)
仲代達矢:俳優
仲代達矢0      仲代達矢8


父は茨城県の農家出身で東京でハイヤー会社を自営していた仲代忠雄、母は五反田小町と呼ばれた薬局の看板娘・愛子。
富裕層の多い青山の青南小学校に通うも、一家は極貧状態で弁当のおかずもなく、母親は教師から、
「ここはあなた方のような貧乏人が来る学校ではないとののしられた」という、孤独な少年時代をすごす。

俳優の道へ
俳優座公演を観劇した際、千田是也の演技に感銘を受ける。
1952年、高校卒業と同時に俳優座養成所に第4期生として入所。同期生に佐藤慶、佐藤允、中谷一郎、宇津井健などがいる。

養成所時代に、黒澤明監督『七人の侍』(1954年)で、セリフなしの浪人役をつとめて映画デビュー。

1955年、養成所を卒業(前年既に初舞台)、俳優座に入団した。
1955年秋の公演『幽霊』で抜擢されて、新進舞台俳優となる。
この舞台『幽霊』を見た女優の月丘夢路が推薦し、月丘の夫である井上梅次監督に誘われて、同監督の映画『火の鳥』(1956年、日活)で月丘の相手役という大役で映画界にも本格デビューを果たす。
1957年、小林正樹監督の松竹映画『黒い河』でのやくざ・通称人斬りジョーの演技などを演じた。
1959年、俳優座所属の女優・宮崎恭子と結婚。

主演の座に
1959年、小林監督による六部(上映は1961年まで)に及ぶ超大作(総上映時間・約10時間)『人間の條件』で主人公・梶に起用される。撮影1年半に及んだこの作品(原作:五味川純平)で仲代は、監督も感服する演技を見せた。同年には犯罪者に扮した『野獣死すべし』も公開。
当時、映画会社数社から専属契約を打診されつつも断っている。

名監督たち
黒澤明監督にも注目され(台詞無しとはいえ、デビューは、黒沢映画)、黒澤映画の常連だった主演スター・三船敏郎に対抗できる敵役俳優として、
 1961年『用心棒』
 1962年『椿三十郎』
に連続起用される。
前者は洒落者だが残忍なヤクザ、後者は剛直な武士、いずれも仲代の風格と演技力を買った監督の期待に応えた。
仲代達矢5 ⇒ Ranking

 1963年『天国と地獄』
で誘拐事件捜査を指揮する警部役を演じ、犯人との相似すら感じさせる異常な執念に個性を発揮した。

市川崑監督:『鍵』(1959年)
成瀬巳喜男監督:『娘・妻・母』(1960年)、『女が階段を上る時』(1960年)
小林監督の『切腹』(1962年)、『怪談』(1964年)、『上意討ち 拝領妻始末』(1967年)
豊田四郎監督の『憂愁平野』(1963年)、『四谷怪談』(1965年)
岡本喜八監督の『大菩薩峠』(1966年)、『殺人狂時代』(1967年)

映画会社に縛られない身で名監督たちとの仕事が続く。
1968年にはイタリア映画『野獣暁に死す』に出演。アジア系ではなくメキシコ・インディアンの血を引くという設定のアメリカ人の悪役である。

1970年代には山崎豊子原作・山本薩夫監督による政財界もの映画『華麗なる一族』(1974年)で準主役、『不毛地帯』(1976年)では主役を演じた。山本監督はこの間、石川達三原作の『金環蝕』(1975年)でも仲代を主演に起用、冷酷な官房長官役を演じさせている。

映画会社とは一切専属契約は結ばなかったが、結果的には東宝映画への出演が飛びぬけて多い。
他の大スターのような熱狂的な人気の盛り上げには欠けたが、逆に企画優先、作家性優先の映画に多く出演することができ、出演歴を多くの名作で飾ることにつながった。

長らく空白だったテレビドラマでも、1972年のNHK大河ドラマ『新・平家物語』で平清盛を演じ、清盛が出家する後半では実際に剃髪して演じた。

俳優養成所「無名塾」主宰
1975年に、恭子夫人と共に「無名塾」を創立、後進の養成を開始。
1979年には俳優座を退団した。
以後は無名塾公演で、シナリオ・演出を妻に任せ、自分が出演する形で舞台活動を継続してきた。

1980年の黒澤監督の大作『影武者』で、トラブルから急遽主役に抜擢されるが、カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞する。
1980年、舛田利雄監督の戦争巨編『二百三高地』にも主演、乃木希典司令官。
1982年、五社英雄監督『鬼龍院花子の生涯』で、土佐の侠客・鬼政こと鬼龍院政五郎。
と、まったく違うタイプの役を演じきった。

1985年の黒澤作品『乱』でも主演し“戦国版リア王”として悲劇をたどる秀虎役を演じた。

テレビでは
『忠臣蔵』(1991年、大石内蔵助)、
『大地の子』(1995年、中国残留孤児となった子を探し続ける父親)
『秀吉』(1996年、千利休)

俳優座時代、また無名塾公演でも多くのシェイクスピア作品に主演している。
仲代達矢2 ⇒ Ranking


シシリア・タオルミナ映画祭賞(1971年)
カンヌ国際映画祭グランプリ(1980年)
マニラ映画祭主演男優賞(1982年)
フランス文化賞シュパリエ芸術勲賞(1992年)などを受賞。

2009年春、久々の主演映画『春との旅』の撮影に入った。

家族構成
弟はシャンソン歌手の仲代圭吾。
1959年に、恭子夫人と結婚。
夫人が1962年に死産してから夫婦に子がなかったため、夫人の妹宮崎総子(アナウンサー)の娘・奈緒を養女に迎えている。
奈緒は仲代奈緒の名で歌手活動をしている。
1996年、長年連れ添った恭子夫人を癌で失う。
仲代達矢6

自叙伝『遺し書き』によると、テレビ東京のドキュメンタリー『ネシアの旅人』で太平洋全域の島を訪れ、生きることの意味を再発見して仕事に復帰したという。

2009年6月20日
6月20日発売の新著「老化も進化」(講談社+α新書)で、役者としてのラストランに入る心境を明かした。

同書は「無名塾」主宰者でもある仲代が、同世代、老後を迎える世代、そして多くの若者たちに向けて「人生とは」「生きるとは」「仕事とは」「妻とは」を今だから語れる言葉でメッセージを送っている。さらに「老化も進化」と前向きに語り、「孤独を楽しむ生き方」を提唱している。

今後の仕事にも触れ、
9月に能登演劇堂で無名塾「マクベス」2カ月ロングランを行い、
10年2月にイプセン作「ジョン・ガブリエルと呼ばれた男」、
11年に三好十郎作「炎の人」に主演が決まっている。
しかし「今は一応そこで大きな作品は打ち止めにしています。その後のスケジュール用紙は真っ白です。先にスケジュールのない時間を楽しみたいと思います。正直に言って、役者の仕事から解放されたいと思います」と明かした。

一線から引退しないもの、今後は60年近い役者人生のラストランと位置付け「今、私の人生のグランドフィナーレを告げる華やかな開演のベルが鳴っています」と締めくくっている。


出演作品
名画と言う名画に出演している感じ。(特に黒沢映画)
バラエティにも、意外と出ている。
ただ、
 映画:『サザエさんシリーズ』(1956年~)…ノリスケ
う~ん。(*_*;


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