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桂ざこば:「彦八まつり」で、大暴走。いつものこっちゃ。

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2009/09/08(火)
桂ざこば上方噺家
桂ざこば0

NEWS:来歴

人気落語家、桂ざこば(61)が6日、大阪・生國魂神社で開かれた上方落語協会主催の「彦八まつり」で、泥酔したあげくに放送禁止用語を連発したり、落語家仲間にキスを迫ったりする暴走ぶりで、周囲を慌てさせた。

午後1時開演の「ちょいワルオヤジ落語会」。
すでに一升酒でメートルが上がっていたざこばは、桂きん枝(58)の熱演中に舞台袖から雪駄を投入。さらに乱入して、「休憩したいやろ」と“強制中入り”。
続く座談会でも、タバコとコップ酒を手に「『ちょいワル』やから、めちゃくちゃしたる。堪忍してや」と断ると、童貞喪失話や「オ◯コ、チ◯ポ!」を連発。客席からは「もうやめとき!」とヤジが飛び、一部の客は席を立ってしまった。

フィナーレの「手締め」では、上方落語協会会長の桂三枝(66)や副会長の笑福亭鶴瓶(57)に「オレのこと、どう思う」を迫り、証拠を示せとばかりに唇を奪う始末。三枝は「初めて男としたけど、意外と柔らかかった…」と、笑いで場を取りなしたが、周囲は苦笑いの域を通り越して…。

「彦八まつり」は大阪落語の始祖・米沢彦八の偉業をたたえる落語ファン感謝デーだが、ちょっとやりすぎだろう。席を立たれてしまうのも仕方ない。今後の活動に影響があると思う。
ま、米朝は受けとらんだろうし、3代目も作らんだろう。桂ざこばここに有り。

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第19回 彦八まつり 手締め

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*来歴
1947年9月21日生まれ

小学校2年生の時、両親が離婚し警察官だった父親に引き取られたが、3ヶ月ほど経って父親は電車に飛び込み自殺してしまった。
両親の離婚原因は父親のDVにあり、日々父親の暴力に怯えていた。父親が自殺したことで一家に笑顔が戻り「父親が生きていたら、家族で楽しく食事する事も無かった。父親には『死んでくれてありがとう』と感謝している」と述べている。

1963年(昭和38年)、中学校卒業後に3代目桂米朝に入門。師匠米朝は同時に育ての親にもなり、家族同然の内弟子生活を過ごしていくこととなる。
この頃、4代目桂文紅の自宅に居候していた時期がある。

朝丸時代(千土地興行、大宝芸能所属)千日劇場やトップホットシアターに出演。
千日劇場では師匠米朝が司会する「お笑いとんち袋」(関西テレビの大喜利番組)のレギュラーとなり、トップホットシアターでは自作の「動物いじめ」で売り同劇場の看板芸人となった。
「動物いじめ」はレコード化もされたが、ネタの内容に動物愛護団体からクレームが付いた。

スポット的ではあるが、テレビ番組の収録で吉本興業の花月劇場チェーンや、松竹の角座の舞台にも立った。

全国的には「ウィークエンダー」での「テレビ三面記事」のレポーターとして売れた。全身を使った身振りと「~なわけや!」と叫ぶレポートは有名であった。このため、1970年以前の生まれの者には、朝丸の方が通りが良いことがある。

全国区入り後は東京で活動するようになったが、ホームシックになり大阪に拠点を戻す。
#このころの東京は、大阪とは隔絶しており、関西弁だけでも、嘲笑の的になりかねなかった。

2006年(平成18年)以降、大阪のテレビ、ラジオを含めて9本のレギュラー番組を持つほど活躍している。

60歳になるのを機にマスコミでの露出は減らし、全国各地で落語会を開催したいとする意向を、かねてより明かしている。
ただ、最近は軟化し、レギュラー番組の出演は10月の改変期を過ぎても降板せずに引き続き続投したり、「65歳までは頑張る」と軌道修正ともとれる発言もしている。

噺のスタイルは「朴訥」。詰まり、台詞忘れ、どもりなども頻繁(後述)だが、笑いを取り始めてからの爆発力は相当なものがある。
言葉遣いに一家言(「噺家は口に新しいと書くのだから、現代的な言葉遣いで落語をするべき」)があり、江戸落語における江戸言葉、師匠・米朝の旧来の大坂弁の使用など、落語を古典芸能化する風潮には批判的である。
また、本来はめものの入る噺(「肝潰し」など)でも、敢えてはめものを入れずに口演する傾向が見られる。

幼少時代に家族の愛情に飢えて育った影響もあり、感情の起伏が激しい性格。(躁鬱病を経験。)
好きな人物への思いやりが強く、親友、兄弟弟子などの告別式での泣き様は尋常ではなかった。

「学歴コンプレックス」(自分が中卒止まり、枝雀が大学進学)、「強い独占欲」(枝雀「兄ちゃん」を枝雀の一番弟子に取られたと思い込み嫉妬したなど)などの傾向が見られる。
また癇癪持ちで、番組収録直前や収録中に気に入らないことがあると、収録途中でも平気で帰ってしまう悪い癖がある。
その反面、芸や仕事には厳しい。

無類の酒飲みで、酒を欠かす日はなかったが、最近体調を崩したこともあって、ほんの少し控えるようになってきた。しかし、番組収録前であろうと気にせず酒を飲む性格はさほど変わらず、現在でも酒の入った状態で番組に出演することもしばしば見られる。

喫煙者としても知られる。

「痛快!エブリデイ」月曜日の「男がしゃべりでどこが悪いねん!」生放送中の中で
桂南光が「米朝事務所の株はいずれ、小米朝(現・米團治)さんに行き、米朝事務所はいずれ小米朝事務所になるやろ」
桂ざこば「そんなんやったら…、わしは、米朝事務所を辞めるわ。」
と発言し周囲を凍りつかせた。
もちろん2人の洒落である。
桂米朝はがざこばに「お前事務所辞める言うたらしいな。米朝事務所が小米朝事務所になったら…、わしも辞める」。もちろん2人の洒落である。
結びつきが分からない人は、ドン引きだろうが、分かる人には、大爆笑のしゃれである。上方噺家の真骨頂ここに有り。

イニシャルトークによる暴露合戦になった際、Zとだけ出た場合、大概ざこば(Zakoba)のことを指す。

師匠である桂米朝と親しい永六輔と22歳の頃新宿駅西口地下広場で反戦フォーク集会ならぬ反戦噺会を開いていたことがある。何回か開いている内に「道路だ」との理由から警視庁新宿警察署の機動隊員に永と共に強制排除されたがされる際「サゲまでやらせてぇなぁ!!!!」と絶叫していたという。
#公道を使用する場合には、警察への届出が必要である。(道路交通法)

どもり癖や台詞を忘れるなど、落語家として致命的な行動がよく見られるため、一部からは「落ち着け」「老人ボケ」などと言われている。立川談志からも苦言を呈されているが、あまり認めていない。

報道におけるタブーに触れるような発言をたびたび行う。
・2009年4月に無期限謹慎が発表されたタレント北野誠に関して、同月14日、自身がレギュラーを務めるABCのラジオ番組「元気イチバン!!芦沢誠です」にて、「北野誠、がんばれよ!」「何を言うたんや北野誠!」とエールを送るとともに、「バーニング」と叫び声をあげ、共演の局アナ芦沢誠を凍りつかせた。
#北野誠事件に関しては、まったくのなぞです。特に関東の人間には、ちんぷんかんぷん。
・2009年8月30日には、「乱!総選挙2009」MBSローカル版において、公明党の苦戦を伝える文脈の中で「落ちるという事は、信心が足らんという事ですか?」(正論)と発言し、CM明けに局アナが謝罪した。(まだ与党ですから。)

逆にNGワードもあり、桂三枝、桂文珍、泉ピン子、「米朝」の看板、上方落語協会会長の席、などの話題を振られると、途端に苦い顔になって挙動がおかしくなり「頼むから堪忍してくれ」と声が上ずり涙目になるほどの断りを入れる時がある。

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タグ : 桂ざこば 上方噺家 暴走癖

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